【関わる事】
7年前の今日、大阪教育大学特別専攻科のクラスメイトとの卒業旅行で京都に居たつっち〜です。

宿に帰り、テレビをつけて東日本の惨状を目の当たりにし、映画を観ているかのような非現実的なものを観ているかのようでした。

クラスメイトには阪神大震災の時にど真ん中にいた被災者もいて、この現状をどう観ているのか、気になっていました。

クラスメイトと言っても、私より20歳以上は離れている現職バリバリの先生。

卒業旅行後すぐに、被災地へ向かうと希望者を募られ、現地へ行かれました。
「被災地で絶対的に必要なのはマンパワー。あの時に助けられたのだから、次は助ける番。」と。

私は怖くて志願出来ませんでした。
原発の事、現状が全くわからない状況。報道からしか伝わってこない非現実感。
ただただ怖くて、一緒に行けませんでした。
でも当時25歳の私。
同じ時代に起こった、大人としてこの大災害にどう関わるか、関わらないといけないか。悩み続けていました。

その年の夏に、被災地へ向かったクラスメイトから昼に急遽、「今、また現地に車で向かっていて今は愛知付近。宇都宮で落ち合えたら、連れていってあげる♪」と、冗談半分なメール。

このチャンスを逃す事は出来ないと、貯金をおろして、新幹線に飛び乗り、夜に宇都宮で落ち合いました。

神戸ユニバーサル研究会という団体で、被災地にいる障がいのある子どもと家族が避難場所だとパニックになったり、大声を出してしまうので居場所がなく、車や外で過ごされいる現状があり、一時的に大阪・兵庫へ受け入れるボランティアをされていました。
私を含めて3人。

福島県・南相馬市で仮設住宅内でアセスメントしたり、子どもの相手をして受け入れ時の情報収集などをしました。

その後、震災から5ヶ月が経過した海岸沿いや小学校を巡りました。

海岸沿いには車がオモチャのようにぐちゃぐちゃになって転がっていました。赤いスプレーで×と書かれている車ばかり。

避難場所となっている小学校には児童が自分の植木鉢に植えた多くのひまわりが、咲き誇り、ふと植木鉢に目をやると「天国のお父さん わたしは元気です」と書かれていました。

自分には何が出来るのか。
同じ時代に起こった、私が、大人という立場で起こったこの大災害に、どう向き合ったらいいのか。

先陣切って、何の躊躇もなく行動されていた方々と関われた事で、そのモデルを自分の中に抱く事が出来ました。

自分が持てる知識や技術を必要としている人がいるはず。
だからこそ、今の仕事にちゃんと向き合って、知識や技術を高めていく事が、結果として多くの人を助ける事が出来るかもしれない。
多くではなくても、誰か1人でも助ける事が出来るかもしれない。

「責任持って行動する大人」を目の当たりにして、私は悔しさと嬉しさを感じました。

この人たちのようになれていない自分と、この人たちを知る事が出来た自分に。

こんな大人に私はなりたい。

今日という日は、「今の時代の子どもに関わる大人」として、自分がどうあるべきかを考えさせられる日です。

ルピナスは、
堺市が勧める「さかい子育て応援団」に登録しています。

地域社会全体が子育てを応援する、安心して子どもを生み育てるまちづくりを推進する事業に賛同し、ミルクのお湯提供をさせて頂いています。
もちろん障がいについてもご相談お受けします。